イエスバットのゲームとは?本音が言えない人が心理ゲームにはまる理由

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「それはわかるんです。でも。やっぱり無理です」
「たしかにそうなんですけど、私にはできないと思います」
「やってみたい気持ちはあります。でも…」

誰かに相談しているはずなのに、なぜか最後は「でも。できない」に戻ってしまう。

そんな会話になってしまったことはありませんか?

あるいはその逆に、

「逆らったら面倒くさい人だと思われるかも…」
「否定したら嫌われる。怖い」
「本当は嫌だけど、一度やってみると言った方がいい」

そんなふうに、無条件に「イエス」しか言えなくなってしまう方もおられます。

今日は、交流分析でいう心理ゲームのひとつ、イエスバットのゲームについてお話しします。

 

イエスバットのゲームについて最初に伝えたいこと

この記事で言いたいのは「イエスバットは絶対にやめましょう!」という話ではありません。
(やめようと思ってやめられるものではない。と吉野は考えています)

  • イエスバットに気づいたとき、どうすれば自分も相手も傷つけずに済むのか
  • イエスバットを嫌うあまり、自分の本音を置き去りにしていないか
  • どうすればイエスバットのゲームを少しずつ減らすことができるのか?

そこを一緒に見ていきたいのです。

イエスバットのゲームが気になる方は、ぜひ最後までお読みくださいね。

 

イエスバットのゲームとは何か

イエスバット(Yes&But)のゲームとは、
相手の提案に一度は「はい」と返しながら、そのあとに「でも」と続けて、
最終的には変わらない結論に戻っていく会話のパターン
です。

たとえば、こんな会話です。

「少し休んでみたらどうですか?」
「そうですね。でも。休むと職場に迷惑がかかりますし」
「では、職場の上司に相談してみるのは?」
「それも大事だと思います。でも。迷惑をかけたくないんです」
「一度、専門家に話してみるのはどうでしょう」
「たしかに。でも。そこまで大げさなことではない気がして」

表面上は相談している。

でも。

どの提案にも「でも」が返ってきて、結局、最初の苦しい場所から動けなくなる。
これがイエスバットのゲームです。

 

イエスバットのゲームは「心理ゲームの1つ」として分類されています

交流分析では、こうした繰り返しのある対人パターンを「心理ゲーム」として見ます。
心理ゲームとは、本人も相手も無意識のうちに巻き込まれ、最後には嫌な感情やこじれた関係が残りやすい会話の流れのこと。

交流分析の世界では「最後にはお互いが傷ついて終わる会話パターン」として紹介されているのです。

ただ、ここで大切なのは、(ご自身を含む)イエスバットをする人を「面倒くさい人」と決めつけないことです。

イエスバットのゲームを繰り返してしまう心の奥には、たいてい別の気持ちが隠れています。

イエスバットのゲームは面倒くさい人の癖ではない

イエスバットの奥にあるのは、単なる反抗心ではありません。
(あと、イエスバットのゲームで揉めてしまうと必ず言われるのが「あなたは心が弱い」「決めないからダメだ」「甘えてる」「だから変われないんだよ」「言い訳ばかり」などという(自他からの)心無い声です。
でも決して私はそうは思わないのです)

イエスバットのゲームをしてしまう本当の気持ち

イエスバットをしてしまうのは、多くの場合は「わかってほしい」という気持ちがあるから。

「その提案が正しいことはわかる」
「相手が善意で言ってくれていることもわかる」
「でも。本当はそこまで簡単に動けない」
「アドバイスは有り難いが、そんなことは何年も前から考えてる。それでもできなくて辛いのに」
「本当は怖い」
「本当は嫌だ」
「本当は違うと言いたい」

こういう気持ちがあるのに、それをうまく言葉にできない。

だから、表面では(相手の気持ちを考えて一旦は)「はい」と言う。

でも。

心の奥では納得できていない。
実際に行動しようとしてもその前の大量の障壁をどけることが難しく感じる。
でもそんなことを相手に言ったらまた怒られるのもわかってる…。

そのズレが「でも」として出てくるのです。

 

アダルトチルドレンにイエスバットが多くなる理由

アダルトチルドレンの方は、幼いころから自分の意見や感情を抑えるように育ってきた方が少なくありません。

「嫌だ」と言えば怒られる。
「違う」と言えば否定される。
「無理」と言えば甘えだと言われる。

そういう環境に長くいた人ほど、自分の本音をそのまま出す前に、相手の顔色や空気を読んでしまいます。

その結果、「はい」と言いながら動けない。
あるいは「でも」と言いながら、本当に言いたかったことから離れていく。

イエスバットのゲームは、性格の悪さや弱さというより、本音を安全に出せなかった人の苦しさとして起きることがあるのです。

(もちろん、イエスバットのゲームをする人が全員アダルトチルドレンだという意味ではありません。人間関係の中では、誰でもこういう会話の流れに入ってしまうことがあります)

ただ、アダルトチルドレンの方は
「本音を言ってはいけない」
「相手を困らせてはいけない」
という心の内側に築き上げてしまったルールが強いため、気づかないうちにこのパターンを多めに使ってしまう可能性があるのです。

イエスバットを避けるとイエスしか言えなくなることがある

ここでもうひとつ、見落としやすい問題があります。

それは、イエスバットを嫌いすぎるあまり、今度はイエスしか言えなくなることです。

ある受講生さんが、講座のあとにこんな気づきを書いてくださいました。

イエスバットのゲームをする自分が嫌だから、そうなりそうだと気づいたら(でも、という自分を強制的に)やめてしまう。

ただ、その結果、無理だ、できない、嫌だ、違う、という言葉を封じてしまうことになってしまい、結果的に、

「一度やってみる」という形を取る。
でも、そこにある自分の気持ちは置き去りになる。

(仮にやってみて出来たとしても)心はしんどくなってしまう。

この気づきは、とても大事です。

イエスバットになる自分が嫌。
でも。
イエスしか言えない自分もしんどい。

この両方が起きるのです。

なぜなら、どちらも根っこは同じだからです。

「〇〇な私は嫌われる」
「面倒くさい人だと思われたら終わり」
「迷惑そうな顔をされたら傷つく」

こういう地雷を、自分の中にたくさん作ってきた人は、その地雷を踏まないように生きます。

Butを言えば嫌われる。だからYESだけを言う。

でも。

イエスだけを言い続けると、自分の気持ちがどこにあるのかわからなくなる。

これは、単に会話術の問題ではなく、幼いころから、相手の表情、声のトーン、空気の変化を読みながら、自分を守ってきた人に起こりやすい反応です。

 

心理ゲームに気づいたらまず先に距離を置こう

イエスバットのゲームに気づいたとき、まず必要なのは反省ではありません。

一旦止まることです。

会話を続ければ続けるほど、お互いに苦しくなることがあります。

相手は「せっかくアドバイスしてあげてるのに、全部否定された」と感じる。
自分は「わかってもらえない」「責められている」「怖い」と感じる。

そのまま進むと、最初は小さな違和感だったものが、どんどん大きな壁になっていきます。

本当は、

「この意見をわかってほしかった」
「怖い気持ちを聞いてほしかった」
「できない理由を責めずに見守ってほしかった」

それだけだったのかも知れません。

でも。

その気持ちを言えないまま会話が続くと、別の理由が前に出てきます。

「あの人の言い方が嫌だった」
「あの態度は許せない」
「私たちの間にはどうしようもない壁がある」

そうなってしまうと、修復が難しくなります。

だから、イエスバットに気づいたら、
一旦距離を置く。
時間を置く。
日を改めて話す。

こういう工夫が必要になるときもあるのです。

これは逃げではありません。大切に想い合っているお互いの関係を壊さないための、大事な判断です。

 

イエスバットのゲームで苦しい人に試してほしいこと

イエスバットで苦しい人に、まず試してほしいことがあります。

それは、「でも」の奥にある気持ちを拾うことです。

「でも。無理です」の奥には何があるのか。

怖いのか。
嫌なのか。
本当は違うと思っているのか。
失敗したときに責められるのが怖いのか。
相手に迷惑そうな顔をされるのが怖いのか。

そこを見ずに、会話の形だけを直そうとしても、自分の中の苦しさは残ります。

本当の自分の感情を相手にぶつける…のではなく

「そうか。私の感じた感情をそのまま素直に相手に伝えればいいのか…」

いや、ちょっと待ってください。多分その方法はうまくいきません。

あなたが素直に腹を割って感情を伝えたとしても。
今度は相手がイエスバットを始めてしまうから、なのです

相手もイエスバットのゲームをしてくる?

「そっかぁ。素直な気持ちを話してくれてありがとう。でもね」
「わかるよ。オレも昔そうだったもん。ただね
「その気持ち。経験あるなぁ。だからこそやるんだよ」

などと、今度は相手がイエスバットのゲームを始めてくる場合もありえます。

【まとめ】イエスバットのゲームに気づいたらやること

身も蓋もないことを言いますが、
一旦イエスバットのゲームが始まってしまうと、人はもう止まれません。

(イエスバットのゲームの仕組みを知っている心理家同士でも、無意識にイエスバットの応酬で対立する、ということは普通に起こり得る問題なのです)

だから。始まったら離れるしかない。のです。

「あ、今これ、イエスバットになっているかも」
「このまま続けると傷つけ合いそうだから、一度止めよう」

そう気づくまでの時間を短くする。
やり直すまでの時間を短くする。

その方がずっと現実的です。

 

イエスバットのゲームをゼロに?→無理です(断言)

それと、イエスバットのゲーム自体を憎んだり、もう2度としない、などと考える人もいますがそれも無理。
イエスバットのゲームは、わかっていても完全になくせるものではありません。

人間関係の中で、自分の大事な部分に触れられたとき、私たちはそんなにきれいに反応できません。だから、目指すところは「二度とイエスバットをしない自分」ではないのです。

イエスバットになってもいい。
イエスしか言えない日があってもいい。

大切なのは、そのどちらかを正解にすることではなく、自分の中で置き去りになっている感情を見つけることです。
そしてその置き去りになった感情を、ゆっくり拾い上げていきましょう。

イエスバットのゲームの繰り返しに疲れたら

AC克服カウンセリングでは、あなたが言えないまま放置してしまった感情を、一緒に拾い上げるお手伝いをします。(別に感情を叫ばせるようなワークは致しません。どうぞご安心くださいね)

イエスバットを無意識に繰り返してしまうのは、あなたが悪いわけではありません。
イエスしか言えなくなった自分を、情けないと責める必要もありません。

迷惑そうな顔を避け、面倒くさそうな空気を読み、嫌われないように地雷を踏まないで生きてきた人にとって、それは自分を守るために身につけた反応だったのです。

だからこそ、そこから抜けるために必要なのは、根性で無理やりに「でも」を消すことではありません。
できないのに「やります!」「頑張ります!」と叫ばなくてもいいんです。

もし今日の記事を読んで、イエスバットのゲームに心当たりがあった方は、会話を上手にしようとする前に、自分の中の「怖い」「嫌だ」「違う」を拾うところから始めてみてください。

その気持ちを見つけることが、心理ゲームから抜け出す最初の一歩になります。

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